小説02-03

第3話

青空

金網の向こう側で、煌めく夜景を見下ろす少女が立っている。
手には、青い絵の具のチューブが握られている。

「何をしているの?」

いつの間にか、ギターケースを持った少女が金網の内側に立っていた。

「そこ、私の場所なんだけどなぁ」

外側の少女は、星空を見上げたまま。

「このスケッチブック、あなたの?」

無造作に落ちていたスケッチブックを、遠慮なく開く。

「青空が好きなんだね、いい色使いだ」

ページをめくっていく。

ターコイズブルーが、暗闇の中でも輝いていた。

内側の少女の目に、黒い絵が映る。

「この絵はどうしたの?」
「なぜ、真っ黒に塗りつぶされているの?」

外側の少女は、初めて振り返った。

振り向いた拍子に、青い絵の具のチューブが手から滑り落ちる。
暗いビルの谷間へ、青が落ちていく。

「えっと、これ、画材のバッグだよね?」
「ちょっと、白い絵の具をもらうね」

小指の先に白をつけ、スケッチブックの黒に白を乗せた。

「これで、星空だ」

「この絵、もらっていいよね」
「もう、いらないんでしょ?」

外側の少女の目に、夜空の光が反射する。

「いらなくない…」

「それなら、私のために絵を描いてくれないかな?」

内側の少女は、金網越しに手を差し伸べる。

「うん…」

外側の少女は、左手で金網をしっかりとつかみ、右手を伸ばした。

「あなた、名前は何ていうの?」

「ソラ」





古びたアトリエの片隅に、ソラはいた。
瞳にはまだ、かすかな空の青さが灯っていた。

「どうして、言うとおりに描けないんだ!!」

厳しい声が、ソラにぶつけられる。

画家であるソラの父は、厳しくソラに絵を教えていた。

「ごめんなさい」
「でも、私はその色が、好き…」

「お前の好きな色だけでは、絵にならない」
「明日までに、描き直しておきなさい」

「わかりました」

ソラは、黒で絵を塗りつぶした。

きっと、父の言うことは正しいのだ。
それなら、私の描きたい絵はどこに向かえばいいのだろう。

次の日も、その次の日も、ソラは父に言われるまま描き続けた。

絵は色彩を増し、誰もがソラの色を褒めてくれた。
たくさんの賞も受賞できた。
ソラの笑顔も増えていった。

しかし、出番を失ったターコイズブルーは乾いていく。

それでも、父の期待に応えたかった。

いつしか、ソラは何の色彩も感じられなくなった。

灰色の世界。

そしてある朝、ソラは絵を描けなくなった。





ソラは、金網越しの手を強く握った。

引っ張り上げられた勢いで、二人はコンクリートの上に倒れ込んだ。

星空が広がっている。

もう、外側の少女はいない。

星空は、ゆっくりと朝の光のなかに溶け込んでいった。





夕暮れのアトリエ。
床に伸びる窓の光。

光を遮るように、二つの影が立っていた。

「お願いします」
「自分の色で描いていきたいんです」

「私の教えた通りに描けば、いい絵が描けただろう?」

ソラは、うつむいたまま首を横に振った。

「そうか…」

深くため息をついてから、父は言った。

「学費は出してやる」
「だが、それ以上の援助は無いと思いなさい」

「はい」

輝く青が、ソラの目に戻ってきていた。

アトリエを出ていく父の背中が、小さく見えた。

「お父さん、ありがとう」

父は振り返らずに手を振り、扉を閉めた。

第4話 若草色

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