小説01-03

第3話

パレットの色

「私に絵を描く道具を貸してください」

油絵の香りがする、放課後の教室。
数人の部員たちが、黙々と作品を描いている。
アーコが通う高校の美術室だ。

「ここは、あなたのような人が来る場所ではないわ」

黒髪ストレートの銀フチ眼鏡。
絵具で汚れたエプロンを身につけた美人女子は、
眼鏡の位置を直しながら、そう言い放った。

美術部部長のユキだ。

アーコは下唇を噛み締めて俯いた。
カサッ
ポケットの中の欠片が、動いた気がした。

「お願いします。どうしても描きたい絵があるんです!!」

ユキは、いっそう、口調を荒立てて、吐き捨てた。

「ここには、本気の人しかいないの、美術部は遊びじゃない!!」

それでも、アーコはあきらめない。
次の日も、また、その次の日も、美術室に行き、頭を下げた。

数日が過ぎ、ユキは根負けしたのか、
なげやりに、アーコに言った。

「あっちの隅の机なら使っていいわ。部員の邪魔にならないようにね」
「道具は、これを貸してあげるわ。ちょっと使い古しだけどね」

手渡されたのは、パレットに残った固まった透明水彩と、毛羽だった絵筆。

それでもアーコは、深々とお辞儀をして、

「ありがとうございます!!」

と言い、道具を受け取った。

もう一度、描き始めるよ。
ワコ、見ていてね!!

再び、アーコは、筆を握り始めた。

アーコは、昼休み、放課後と美術室に通い続けた。
描いた紙が積み重ねられていく。

絵の具も紙も、すぐに無くなったが、部員たちが分けてくれた。

ひとり残った美術室。窓を見ると星が一つ、輝いていた。

ある日の放課後、
アーコが使わせてもらっている机の上に、
新品の透明水彩と、新品の絵筆が置かれていた。

びっくりするアーコの、後ろから、部員の一人が
声をかけてきた。

「それね、部長がアーコちゃんにって、買ってきてくれたんだよ」
「あの人、たいがい不器用だけど、悪い人じゃないのよ」

アーコはユキの方に振り返って、お辞儀をした。

ユキは、頬を少し赤らめながら、

「いらないのなら、使わなくてもいいのよ…」

と、小さな声でつぶやいて、目をそらした。

「ありがとうございます!!」

アーコは、全力の笑顔でお礼を言った。

一瞬、ユキが微笑んだように見えた。
ユキは、眼鏡を直して、また絵を描き始めた。


「出来た…」

1枚の水彩画が、窓から差し込む光を受けて、輝いていた。

アーコは、絵を持って、駆け出した。
そして、美術室のドアの前で、振り返り、声をあげた。

「ありがとうございます!!」
「この場所のおかげで、また描くことの楽しさを思い出せました!!」

もう、友達になった、部員たちが、やさしく微笑んでいた。

美人部長は、そっぽを向いて、絵を描き続けていた。


アーコは、あの森のあの場所を、目指して走りだした。

しかし、そこには、深い森があるばかり。

この絵だけでは、開かないの?

優しい部員たち、厳しかったユキの顔が浮かんだ。
私は、もう一度…

「ワコと一緒に描きたい!!」

アーコの叫びが森に響いた。

その時、森の左手、別の場所に、視線が誘われた。

涙で滲む目に、懐かしい光景が映った。

「あれ、こんなところに、小道があったっけ?」

アーコは、手に持った絵をもう一度だけ見て、小道に向かって走り出した。


次回に続く

最終話 もう一度だけ

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