
第1話
色の欠片
ガキィン!!
スケートパークの空気が弾ける。
スケボーが炎天の空に舞い上がる。
傷が増えたボードに手を伸ばす。
「ダメだ、決まんない」
金色の髪の少女は、ポニーテールを結び直しながらうつむいた。
「ツッコミが甘いんだよね。本気出してる? アーコちゃん」
ナイキのスニーカーが軽口をたたく。
顔を上げると、まっすぐな眼差しとぶつかった。
「あっ、バカ!! いつから見てたんだよ、タクト」
「スケボーが空を飛んでる辺りからかな」
タクトは、手を差し伸べた。
「何度転んでも諦めないアーコ、大好きだよ」
アーコは手を取らずに起き上がる。
「何、言ってんだよ。いつも私をからかって」
「今日はもう帰る」
行き場をなくした右手は、そっとポケットにしまわれた。
「またね、タクト」
アーコはスケボーを抱え、パークを出て行った。
パーク沿いの道を挟んだ反対側には、深い森が広がっている。
森とパークに挟まれた道は、アーコのお気に入りだ。
陽射しをさけて、木陰を進んでいく。
ふと足元を見ると、小さな紙切れが落ちていた。
アーコは、何げなく拾い上げる。
それは、破れた水彩画の欠片だった。
鮮やかなヒマワリ。
しなやかな筆使い。
欠片から、懐かしい色があふれ出す。
「ワコが描いた絵だ…」
ペタペタと、筆を紙に乗せていく。
「黄色を少しもらってもいい?」
左隣の少女は、アーコのパレットに手を伸ばしてくる。
肩越しの体温に、筆が迷いそうになる。
描き出される、鮮やかなヒマワリ。
ワコの目に映る色を横目で見ながら、アーコも塗っていく。
筆を止めずに、ワコは言う。
「私、アーコの色使い、好きだよ」
また、筆が揺れてしまう。
窓の外はもう、オレンジから紫へのグラデーション。
ペタペタと、筆を紙に乗せていく。
いつも、となりで絵を描いていたのに…
私たちの星は、いつからか違う色になってしまった。
不意に、パークの反対側の森の方に視線を引かれる。
「あれ、こんなところに小道があったっけ?」
木に覆われた小道に、わずかな光が差し込んでいた。
なぜか、星のない夜にひとりで泣いているワコの姿がよぎった。
アーコは、森の入口に向かって歩き出した。
枯れ葉を踏みしめながら、ゆっくりと進んでいく。
森の奥に、古びた小さな洋風の家が見えてきた。
ドアには、木彫りのボードが掛けられている。
「星空アトリエにようこそ」と書かれていた。
誘われるようにドアをノックした。
「は~い、今開けます」
懐かしい声が聞こえてきた。
忘れるはずのない声。
ワコの声だ。
鼓動が速くなる。
ガチャ。
絵の具だらけのエプロン。
右手の絵筆。
猫耳ヘッドフォン。
ドアの向こうには、あの頃と同じままのワコがいた。
「アーコ…。どうしてここに…」
震える瞳で、ワコが言う。
「アーコも、この場所を見つけてくれた‥」
「また、となりで絵を描いてくれるんだね」
アーコは、静かに答えた。
「ごめん…」
「私は今、スケボーに本気でさ。絵は、しばらく描いていないんだ」
固く結ばれたポニーテールが、まぶしく輝いていた。
ワコは、手に持った筆をきつく握りしめて言った。
「あの時のヒマワリなんて忘れてたくせに!!」
「もう、私の色を濁らせないで!!」
止める間もなく、ドアは閉じられた。
「待って、私、ワコに…」
ドアは固く閉ざされ、二度と開くことはなかった。
アーコは、暗い枯れ葉の上を歩き続けた。
いつしか、足元は固いアスファルトに変わっていた。
そして振り返ったアーコは、愕然とした。
そこには、もう道はなかった。
手には、水彩画の欠片が握られていた。