
第4話
若草色
校庭の桜は、若草色に染まっていた。
ノートは、窓からの景色のスケッチで埋め尽くされていた。
ワコは、ホームルームが終わるとすぐに美術室に向かった。
制服の上にエプロンを身につける。
描きかけの水彩画をイーゼルに立てた。
乾いた絵の具に水をやり、筆を握った。
左側に、青が広がる。
青空の水彩画。
ソラがパレットに、ターコイズブルーをたっぷりと乗せていた。
開け放たれた窓から、風が吹き込んでくる。
風で揺れる水彩画を、左手で押さえながらソラは言う。
「ワコ、私、留学することにした」
「ロンドンで、一年間、絵を勉強してくる」
「お父さんがね、行ってこいって」
ワコは、筆を止めずに聞いていた。
「私が本当に描きたい空を見つけてくる」
ソラは、大きな筆で水彩紙を青空に染めていく。
広がる青が、瞳に反射していた。
「ワコ、預けておくよ」
青空に、筆が舞う。
青い軸の筆。
ソラがいつも使っていた筆。
ゆっくりと筆が飛んでくる。
逆光に目が眩んだ。
ソラが手を振っている。
その後ろ、ギターケースを持った少女が深く頭を下げていた。
高く手を伸ばして、筆を受け取った。
「ソラ、またね」
少しだけ広くなった、いつもの左側。
青い筆で、黄色を描く。
滲んでいく絵の具。
筆を休めて、窓の外を見上げる。
ターコイズブルーの空が広がっていた。
描きあげると、すぐに次の絵を描き始める。
机の隅に並ぶ潰れたチューブ。
絵の具で汚れた両手。
額に滲む汗。
筆を止めて、窓の外を見る。
若草色は、力強い深緑へと色を変えていた。
ワコは、筆を置いて部屋の窓を開けた。
カーテンが、大きく揺れ動く。
積み上げられた水彩画が床に散らばった。
イーゼルの上の、未完成のヒマワリ。
少し離れて全体を見る。
筆先に黄色をとり、絵に乗せる。
筆をバケツに沈める。
澄んだ水が、黄色に染まっていく。
まだ乾かない、二輪のヒマワリ。
そっと、両手で持ち上げる。
窓から差し込む光が、ゆっくりと色を紙に留めていった。
ワコは、絵をバッグに入れて扉の外へ歩き出した。
森沿いの道を歩いていく。
陽射しと木陰の境界が、道に描かれていた。
道の反対側には、スケートコートを囲うフェンスが続いていた。
木陰を抜けて、フェンスの中を見る。
アーコが高いスロープに向かって滑っていく。
登り切る前に落ちてしまう。
スケボーを拾って、もう一度スロープへ向かう。
何度落ちても登っていく。
手折れることのない金色。
ワコは、バッグから絵を取り出した。
そっと目を閉じる。
果てなく広がる草原。
星空を見上げる一輪のヒマワリ。
わずかな星明かりを道しるべに、彼方の星を見つめている。
その花は、一輪のまま、まっすぐに立っている。
ゆっくりと目を開いて絵を見る。
太陽を見つめて寄り添う二輪のヒマワリ。
一輪でも隣に立てる花になりたい。
ワコは、絵を抱きしめた。
そして、ゆっくりと破っていった。
風が、森を吹き抜ける。
欠片が一枚、森の方へ飛んでいく。
手を伸ばしても、届かない。
森の奥に続く小道が見える。
ワコは欠片を追いかけ、小道に向かって歩き始めた。
了